パワハラ上司に退職を言えないときは|書面での伝え方と相談先を条文つきで解説
※画像はAIで生成したイメージです
上司の言動がつらく、辞めたいと思っていても、本人に「辞めます」と言うこと自体が怖い。そんなときでも、退職の意思を伝える方法は、直接口頭で言う以外にもあります。この記事では、パワーハラスメント(パワハラ)に当たりうる言動の法律上の位置づけ、会社に課されている義務、辞める前後に使える公的な窓口や制度を、条文と公的機関の資料をもとに整理します。
この記事は一般的な情報の整理です。パワハラに当たるかどうか、どのような請求ができるかは、具体的な事実関係で変わります。個別の判断が必要な場合は、弁護士や公的な相談窓口に確認してください。
法律上の「パワハラ」とは
パワハラを直接定義する条文は、労働施策総合推進法第31条第1項(2026年10月1日の改正前は第30条の2第1項)です。事業主に対する義務として、次のように書かれています。
事業主は、職場において行われる優越的な関係を背景とした言動であつて、業務上必要かつ相当な範囲を超えたものによりその雇用する労働者の就業環境が害されることのないよう、当該労働者からの相談に応じ、適切に対応するために必要な体制の整備その他の雇用管理上必要な措置を講じなければならない。
出典:e-Gov法令検索『労働施策総合推進法』第31条第1項
この条文から読み取れる要素は、次の3つです。
- 職場で行われる、優越的な関係を背景とした言動であること
- 業務上必要かつ相当な範囲を超えたものであること
- 労働者の就業環境が害されること
厚生労働省は、裁判例や個別労働関係紛争処理事案に基づいて、パワハラの典型例を次の6類型に整理しています(すべてを網羅するものではない、とされています)。
- 身体的な攻撃(暴行・傷害)
- 精神的な攻撃(脅迫・名誉毀損・侮辱・ひどい暴言)
- 人間関係からの切り離し(隔離・仲間外し・無視)
- 過大な要求(業務上明らかに不要なことや遂行不可能なことの強制、仕事の妨害)
- 過小な要求(業務上の合理性なく、能力や経験とかけ離れた程度の低い仕事を命じることや仕事を与えないこと)
- 個の侵害(私的なことに過度に立ち入ること)
業務上の指導と、パワハラの線引きは、言動の内容、頻度、状況などによって変わります。「これはパワハラに当たるのか」と迷っている段階でも、相談することはできます。
会社には、相談に応じて対応する義務がある
上の第31条第1項のとおり、事業主は、労働者からの相談に応じ、適切に対応するために必要な体制の整備その他の措置を講じなければなりません。同条2項は、相談したことを理由とする不利益な取扱いを禁じています。
事業主は、労働者が前項の相談を行つたこと又は事業主による当該相談への対応に協力した際に事実を述べたことを理由として、当該労働者に対して解雇その他不利益な取扱いをしてはならない。
出典:e-Gov法令検索『労働施策総合推進法』第31条第2項
厚生労働省の案内ページには、パワーハラスメント防止措置は、2022年(令和4年)4月1日から中小企業の事業主にも義務化された旨のリーフレットが掲載されています。
退職の意思は、言えなくても伝えられる
期間の定めがない雇用なら、2週間で終了する
民法627条1項は、次のように定めています。
当事者が雇用の期間を定めなかったときは、各当事者は、いつでも解約の申入れをすることができる。この場合において、雇用は、解約の申入れの日から二週間を経過することによって終了する。
条文は、意思を伝える方法を口頭に限っていません。また、民法97条1項は、意思表示は通知が相手方に到達した時から効力を生ずると定めています。書面やメールで意思を伝えれば、対面で言えなくても、退職の意思表示はできることになります。記録が残るため、あとで「聞いていない」となることを避けやすくなります。
契約社員などの有期契約の場合
期間の定めがある契約は、民法628条が関わります。
当事者が雇用の期間を定めた場合であっても、やむを得ない事由があるときは、各当事者は、直ちに契約の解除をすることができる。この場合において、その事由が当事者の一方の過失によって生じたものであるときは、相手方に対して損害賠償の責任を負う。
パワハラが「やむを得ない事由」に当たるかどうかは、事案によって判断が分かれます。また、1年を超える有期契約で、初日から1年を経過していれば、労働基準法附則137条により、使用者に申し出ることでいつでも退職できる場合があります(対象となる契約の条件があります)。契約期間が絡む場合は、契約書を確認したうえで、弁護士や公的な窓口に相談してください。
辞める前にしておきたいこと
パワハラを理由に辞める場合、あとで相談や手続きをするときに役立つのが、記録です。
- 言動の日時、場所、内容、その場にいた人を、時系列でメモに残す
- 暴言や指示が残っているメッセージ・メールを保存する
- 診断書がある場合は、日付と内容が分かる形で保管する
- 相談した日時と、相談先、その内容を残す
使える公的な窓口
総合労働相談コーナー
厚生労働省の総合労働相談コーナーは、各都道府県労働局や労働基準監督署内などに全国378か所設置されています。案内ページによれば、専門の相談員が面談または電話で対応し、予約不要・無料で、プライバシーの保護に配慮するとされています。「個別労働関係紛争の解決の促進に関する法律」に基づき、労働相談を受けるほか、「助言・指導」や「あっせん」の案内もしています。労働基準法などへの違反の疑いがある場合は、行政指導の権限を持つ担当部署に取り次ぐとされています。
社内の相談窓口
事業主は、第31条第1項の措置として、相談に応じる体制を整える義務があります。社内に窓口がある場合は、相談の記録を残しておくと、その後の対応を確認しやすくなります。ただし、加害者本人や、その関係者が窓口になっているなど、使いにくい場合は、外部の窓口を優先して構いません。
離職後の雇用保険:特定受給資格者に当たる場合がある
ハローワークの「特定受給資格者及び特定理由離職者の範囲の概要」には、特定受給資格者の範囲として、次の区分が挙げられています。
上司、同僚等からの故意の排斥又は著しい冷遇若しくは嫌がらせを受けたことによって離職した者、事業主が職場におけるセクシュアルハラスメントの事実を把握していながら、雇用管理上の必要な措置を講じなかったことにより離職した者 (略)
出典:ハローワークインターネットサービス「特定受給資格者及び特定理由離職者の範囲の概要」(特定受給資格者の範囲、「解雇」等により離職した者 (10))
特定受給資格者は、基本手当の所定給付日数が、それ以外の離職者と別の区分で定められています(ハローワークの「基本手当の所定給付日数」のページで確認できます)。どの区分に当たるかは、ハローワークが離職の理由などを確認して判断します。離職票の離職理由の欄や、証拠になる記録を、あらかじめ確認しておくと安心です。
自分で伝えること自体が難しいとき
書面やメールでも、連絡すること自体がつらいという人もいます。その場合、本人に代わって退職の意思を会社に伝える第三者を使う選択肢があります。
ただし、退職代行サービスは、運営形態(民間企業・労働組合・弁護士)によって、法律上できることが異なります。さらに、同じ運営形態でも、サービスごとに利用規約で対応範囲が定められており、運営形態の名前だけでは判断できません。パワハラへの損害賠償請求などを考える場合は、弁護士に直接相談する方法もあります。運営形態の違いや、合法性については、次の記事を参照してください。
職種によって、職場の事情も選び方のポイントも異なります。あてはまるものがあれば、次の記事も参考にしてください。
よくある質問
Q. 上司に直接言わず、人事や別の部署に伝えてもいいですか?
A. 民法627条1項は、解約の申入れをする方法を口頭に限定していません。会社の窓口に、書面やメールで、退職の意思と希望日を伝える方法があります。就業規則で提出先が決まっている場合は、その規定も確認してください。
Q. パワハラの証拠がありません。相談できますか?
A. 総合労働相談コーナーは、予約不要・無料で相談を受けています。証拠が十分でなくても、状況を整理する目的で相談できます。相談したあと、日時や内容を記録し、今後の証拠の集め方を確認する方法もあります。
Q. 心身の不調があります。辞める前に、何をしておくべきですか?
A. 医療機関を受診して、診断内容を記録に残しておくことは、後の相談や手続きで役立つことがあります。体調が優先です。無理に出社を続けず、まず休むことを考えてください。
参考にした条文・公的資料(確認日:2026-09-21)
- 労働施策総合推進法第31条・第32条(2026年10月1日の改正前は第30条の2・第30条の3):e-Gov法令検索
- 民法627条・628条・97条:e-Gov法令検索
- 労働基準法附則137条:e-Gov法令検索
- 職場におけるハラスメントの防止のために(パワーハラスメントの6類型ほか):厚生労働省
- 総合労働相談コーナーのご案内:厚生労働省
- 特定受給資格者及び特定理由離職者の範囲の概要:ハローワークインターネットサービス
- 基本手当の所定給付日数:ハローワークインターネットサービス
条文は改正されることがあります。実際に手続きをするときは、最新の条文を上のリンクで確認してください。